うつ病の人の気持ち(精神面)
大切な人がうつ病になったときに心から寄り添いたいと強く思っても本人の気持ちがしっかり理解できなければ難しいものです。うつ病の人の精神面における気持ちについてです。本人はもとより、家族が患者をケアする面でも大切な情報です。
うつ病の「うつ」とは
うつ病の人の気持ちをひと言で言うと、「気分が非常に落ち込んでしまって、仕事はもとより、遊びや気分転換など、あらゆることに興味や意欲がわかなくなってしまう」状態です。
ここでは、うつ病の人の心や気分、考え方などにあらわれる症状について、くわしくみてみましょう。
まず、うつ病の「うつ」という言葉から、この病気がもたらす気分について考えてみます。「うつ病」は、漢字で書くと「鬱病」です。「鬱」という漢字はむずかしいばかりでなく、文字自体がかなり重苦しい感じがします。その意味も、漢和辞典などによると「こんもり茂るさま」「気がふさぐ」となっていて、その文字から受けるイメージそのものです。
つまり「草木が生い茂って、自分のまわりがふさがれてしまい、身動きがとれなくなってしまったように、気分が晴れない状態」ということになります。
用語としては「鬱々とする」「鬱屈する」などがあり、熟語では「憂鬱」などもあって、気が晴れない、気がめいるというような、うつ病の人の気分にかなり近い意味合いがあります。
うつ病の精神面の典型的な症状は、憂うつな気分が続く、気分が晴れない、落ち込むといった状態です。このような状態を「抑うつ状態」とか「抑うつ感」と呼ぶこともあります。「メランコリー」という言葉も同様に憂うつとか気がふさぐという意味でよく使われます。これらの状態がうつ病の主要な症状であることはまちがいではありませんが、こうしたうつ状態がみられれば、すぐにうつ病と診断されるかというと、ことはそんなに簡単ではありません。
うつ状態なら、うつ病か?
単なるうつ状態なら、何か失敗をしたり、親しい人との別離などで、だれでもが経験していることです。しかし、そうした「うつ的な」気分になっても、普通は一時的なもので、まわりの人に慰めてもらったり時間が経過することによって、しだいに消えていきます。
また、何かが心にひっかかって憂うつになったような場合には、その原因となっている問題が解決されたり、とり除かれれば、自然と気が晴れていくものです。
つまり、うつ状態という正体は、まさに状態そのものを示しています。ですから、うつ状態イコールうつ病ではありません。
そうはいっても、うつ病なのか、単なるうつ状態なのか。その見きわめは非常にむずかしいものです。うつ病の診断のところでもふれますが、うつ状態の人がうつ病かどうかを知るひとつの目安としては、そうした気分が続く期間の長さと、程度の強さです。
うつ病の人の場合は、その気分がいつまでも回復しません。そのまま放置していると、何年も続くことさえあります。しかも、その憂うつな気分の程度がかなり強く、生活に支障をきたすようになっているなら、うつ病の疑いがあるということになるでしょう。
また、一方でうつ状態になる病気はうつ病ばかりではありませんので、さらに診断はむずかしいものになります。
たとえば、よく知られるように、統合失調症や神経症などのような心の病気も、うつ状態になります。また体の病気や薬物の影響によっても、うつ状態があらわれます。
このようにうつ状態といっても、時間が解決してくれる単なる一時的なうつ状態のほかに、心や体の病気や薬の影響によるうつ状態など、たいへん幅広くみられますので、うつ状態になつたからうつ病だと思うのは早計で、慎重に判断することが求められます。
憂うつな気分の継続
精神面の症状にはどのようなものがあるでしょうか。憂うつな気分ばかりでなく、精神面ではさまざまなあらわれ方をしますので、「感情面(情)」「意欲面(意)」「思考面(知)」の3つの側面に分けてみていきます。
- 感情面
-
- いつまでも憂うつな気分が続く、気分が晴れない、落ち込む
- 不安な気持ちが長く続き、いつまでもおさまらない
- つらい
- 悲しい
- 何をやっていても楽しくない
- 四六時中いらいらする
- 怒りっぽくなる
うつ病では、この感情面に強く症状があらわれるといわれています。これまでみてきたうつ状態や憂うつな気分は、この感情面に入ります。
感情面では、抑うつ気分が中心症状です。憂うつな気分が頭全体をおおってしまうので、楽しいとかうれしい、あるいはおいしいというような感情が、あらゆる場面でなくなってしまいます。何かに追いつめられているような気分になって、いらいらしたり、怒りっぽくもなります。
抑うつ気分とともに、うつ病ではしばしば「不安」が伴うことがあります。この不安も、日常的な場面でだれもがよく感じるものです。その意味ではごく自然な感情ということができます。しかし、こうした自然な不安にくらべて、うつ病や神経症では不安を感じすぎることで、行動や体にも影響が出てきます。
- 意欲面
-
- 何もやりたくない
- 何かをやろうとしても、億劫に感じてしまう
- やる気が起きない
- 何をやってもつまらない
- 仕事や勉強など、ものごとに集中できない
- 人と会うのが億劫になる
- 性欲が減退する
意欲が低下して、行動力や決断力が鈍くなります。何をやってもおもしろいと感じません。これまでは大好きで楽しんでいた趣味でさえ、興味がなくなってきて、どうでもよくなってしまいます。
ふだんからおしゃれには気をつかっていたのに、服装にまったく無頓着になったりします。あたりまえのようにしていた入浴や洗面、着がえなどもめんどうになります。
無理にそれをしようとすると、これまでにかかった時間の何倍もかかってしまいます。集中力もなくなりますから、ぼんやりすることが多くなり、考えが少しも前に進まなくなります。このため、仕事では能率が落ち、ペースも遅くなり、ミスも目立ってきます。勉強にも、身が入らなくなります。
- 思考面
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- ものごとを悪いほうへ悪いほうへと考えてしまい、いわゆるマイナス思考に陥る
- 最悪のことばかりを考える
- 考え方に柔軟性がなくなり、ひとつの考えにとらわれがちになる
- すべて自分が悪く、みんなに迷惑をかけて申しわけないと思ってしまう
- ささいな、つまらない考えにとらわれてしまう
- ちょっとした体の不調を、何か重大な病気だと思い込み、くよくよする
- 過去にこだわり、「もはやとり返しがつかない」と思い込み、悔やんだり悩んだりしてばかりいる
- 死について考える、死にたいと思う
うつ病の人の考え方やその内容の特徴はこのようなものです。特に、いわゆるマイナス思考といわれる、ものごとを悪いほうへ悪いほうへと考えてしまうのが大きな特徴といえます。
マイナス思考をする人は、自分自身への評価も低く、「自分はだめな人間だ」「弱い人間だ」と思い込みます。その結果、仕事や人間関係で何か問題が起こったときには、「原因は、すべて自分に責任がある」と考えます。「自分のせいで、みんなに迷惑をかけてしまった」「自分のほうに問題があったのだ」というように、自分を責めます。
このような考え方になるのも、うつ病の人の特徴といわれています。そのため、必要以上に過去を悔やみ、もう自分の将来はないとまで思いつめていくのです。また、マイナス思考には、「取り越し苦労」をするということもあります。将来のことは、だれでも悪く考え出したらきりがないものですが、この先はきっと悪いことばかりが起こると、くよくよと思い悩みます。高齢者であれば、「年金だけで暮らしていけるのだろうか」とか、「一人暮らしなのに、病気になったらどうしようなどと考え、どんどん悲観的な要素ばかりが気になり、そして落ち込んでしまいます。
しかも、考え方に柔軟性がなくなり、ひとつのことにとらわれてしまいます。まわりの人からみれば、「もっと別な考え方や視点に立って、柔軟に考えればいいのに」と思うのですが、本人にはどうしても自分のとらわれた考え方を変えることができません。
こうしたことから、悪循環を繰り返して、そこから抜け出すことができなくなってしまいます。また、ふだんであれば気にもならないようなささいなことにも悩みます。ものごとの重要性や軽重がわからなくなってしまうのです。
したがって、まず何から手をつけたらよいか、何がいちばん大事かというときに、その優先順位をつけることもできなくなってしまいます。
追いつめられた気分に
よく、うつ病の人は心身ともにかなりエネルギーが低下している状態であるといわれます。エネルギーが低下しているため、疲れやすくなり、何をするにもおっくうになってしまいます。また、マイナス思考を繰り返していますから、あらゆることに対して悲観的になります。
憂うつな気分や不安にさいなまれ、気力もわかず、あとから説明するように体調もすぐれません。何も楽しむことができず、仕事や勉強もうまくいかないとなれば、しだいに精神的に追いつめられていきます。
意欲が低下しているので、頭ではなんとかがんばろうと思っているのですが、気持ちがついていきません。そのもどかしさからいらいらしたり、あせったりするようにもなります。
こうしたことから、あと先も考えずに短絡的な行動をとってしまうこともあります。
たとえば、家族に何も言わずに、自分が勤めている会社に辞表を出したり、学校に退学届を提出してしまったりします。「意欲面」のところで、決断が鈍くなると説明しましたが、その一方で、うつ病の人はこのように、突然、辞表を出してしまうような、大きな決断をしてしまうこともあるのです。
このような行動は一見矛盾しているようですが、いろいろと考えるのがおっくうになっているうえに、考え方に柔軟性がなくなっていますので、やめるかやめないかという二者択一のほうが、かえって「決める」という点では簡単なのです。こうしたことから、早まった決断につながるのだと思われます。
うつ病の人に病識はあるか
ここで、治療にあたって重要となる、自分が病気であることを自覚しているか、いわゆる「病識」があるのかどうかについてもふれておきます。うつ病が重いケースでは、病識はほとんどないといわれています。そのため、病院に連れていこうとしても、頑なに言うことを聞きません。
ただし、うつ病の人の多くは、「どうも何か変だ」と違和感を感じたり、どこか具合が悪いのではないかと感じる、つまり「病感」はあるといわれています。しかし、その病感が病識に結びついているかどうかについては、なかなかわかりにくいところがあります。医師にうつ病であると診断され、説明を受けて頭ではわかっていても、それをどうしても認めない人もいます。そうなると、治療に大きく影響することにもなりかねません。
妄想をいだくことも
かつては、妄想や幻覚は、統合失調症に特有な症状で、うつ病では妄想はないとされていました。しかし、最近では妄想もうつ病の症状のひとつと考えられるようになっています。
妄想というのは、現実にはないにもかかわらず、本人は本当にあると思い込んでいるため、医師や家族などがそれを訂正しようとしても訂正できないものをいいます。
妄想は、うつ病が重くなったときとか、高齢者の患者によくみられるといわれます。うつ病でよくみられる妄想には、次のようなものがあります。
まわりから意地悪をされているというような「被害妄想」。財産や地位をなくしてしまったという「貧困妄想」。自分は罪深い人間だと思う「罪業妄想」。
さらには、自分は重い病気にかかっているとか、自分の内臓が腐っているなどと考えてしまう「心気妄想」などがあります。
死を考えることも
うつ病でいちばん心配なことは、自殺を考えたり、実際に実行してしまう人がいるということです。ふと自殺を考えるといった程度のこともありますし、その考えにとらわれて頭から離れなくなってしまうこともあります。
これまでみてきたような精神面の症状が相まって、うつ病患者はかなり追いつめられた気持ちになっています。
「つらい」という気持ちを、多くの患者は「死ぬほどつらい」と表現します。ところが残念ながら、「死ぬほど」と表現するだけにとどまらず、実際に自殺を選んでしまう人がいるのです。
マイナス思考を繰り返していくうちに、生きていくことさえいやになってしまいます。「仕事もうまくいかないし、体調も最悪だ。もう生きていてもしょうがない」と考えてしまう。
そのうちに、「死にたい」「私は生きている価値がない人間だ」というようなことを周囲の人に漏らすようになります。「自分はだめな人間だ」という思いつめた気持ちが、「死ぬよりほかはない」という考えに変わってしまうのです。
もちろん、患者さんの気持ちの中では「死のうか」「いや、死ぬのはやめよう」という間で揺れ動くのですが、残念なことに「死ぬしかない」という結論に達してしまうこともあるのです。
うつ病では自分の気持ちをコントロールすることがむずかしくなっていますので、ふだんならやらないような思い切ったことをしてしまう可能性があります。
言うまでもなく、うつ病の人すべてが死を考えるわけではないのですが、医師をはじめ周囲の人が最も注意しなければならないことは、この自殺を防ぐということなのです。
なお、うつ病の人がなぜ死ぬことを考えるのかということについては、その原因なり理由は、残念ながらまだはっきりとは解明されていません。
この自殺に関連して、特に注意しなければならない事実として、最近は中高年の自殺が増加しているということがあります。その背景のひとつには、うつ病があるといわれています。そのうちでも、長時間労働などが原因となって精神障害を起こし、自殺をしてしまう、いわゆる過労自殺が増加していることが指摘され、大きな社会問題となっています。
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