すべての基本は誰も信じない

健康法」のなかで「人間関係」を語るなんて違和感を覚える人もいるかもしれませんが、人間関係の問題は自律神経にとってもっとも手強い敵といえます。

たとえば恋愛。よあ恋愛の善し悪しを語るつもりはありませんが、「自律神経を整える」という目的だけを考えるなら恋愛などしないに限ります。
本気で人を好きになれば、当然交感神経は跳ね上がります。まして、自分の恋人(あるいは妻や夫)が「浮気しているんじゃないか」と疑っていたら、交感神経が跳ね上がり、夜眠れないのも当然です。

すると、副交感神経が十分に上がらないまま翌日を迎え、体調はすぐれず、仕事の効率も、集中力も落としてしまいます。恋愛は極端な例の1つですが、とかく対人関係は自律神経を大きく乱す要因になります。

仕事を部下に指示するとき、「どうして、コイツはこんなに物わかりが悪いのだろう」と思った瞬間、血液はドロドロになり、交感神経は上がる。結果、血流朋が悪くなり、脳に十分なブドウ糖が供給されず、自分の判断力も低下し、感情のコントロールもきかなくなる。

すると当然、「何でオマエはそんなにバカなんだ」と声を荒げてしまう。そうやってさらに交感神経を高めてしまった結果、周囲の緊張度も増し、職場全体の自律神経のバランスを崩してしまう。まさに、最悪の連鎖です。
決して他人事ではないでしょう。自律神経の専門家である私から見ると、「健康と人間関係」はとても密接につながり、影響し合っているものなのです。

渡英初日に言われた衝撃的な言葉

人間関係の問題を考えるとき、私はいつも1つの言葉を胸に置いています。それは「Don’t believe anybody」という言葉。「誰も信じるな! 」なんて冷たい人間のように感じられるかもしれませんが、この言葉には深い意味が込められています。

イギリスの病院で働いているとき、マーク・ストリンガーという優れた医者に出会ったという話はすでにしました。じっは、私が渡英した初日、彼が最初に言ったのがこの「Don’t believe anybody」でした。

彼は、日本からやってきた私に出会ったその日、私の人間性も、仕事ぶりもまるで知らないうちに「私はオマエのことなど信用しない」、そう言い放ったのです。もちろん私は「なんて嫌なヤツなんだ」と思いました。

初対面でそんなことを言うなんて、どう考えても非常識です。しかし、彼は構わずこう続けました。耶l「今、オマエに外科の基本を教えてやろう。それは「Don’t believe anybody」正直、その場では言葉の真意を理解することはできませんでした。ですが、それから彼と一緒に仕事をするなかで、そしてその後の人生を歩んでいくなかで「なるはど、確かに「Don’t believe anybody」だと心の底から納得できるようになりました。

私たち外科医は手術に臨む際、最終的な責任をすべて自分で負わなければなりません。そして、命にかかわる極限の現場では「動揺すること」は絶対に許されません。

動揺し、自律神経が乱れ、判断を誤れば、それは「患者の死」を意味するからです。しかし、どんな場面でも小さなミスや想定外の出来事は起こります。

オペ室だって例外ではありません。そのときに、自分の感情をもっとも大きく揺さぶるのは何か。それは「他人の朋初歩的なミス」です。きっとあなたにも経験があるでしょう。もっとも大事な局面で、誰かが初歩的なミスをする。

そんな瞬間に出合ってしまうと、「何でそんな簡単なミスをするんだ」「どうして、そんな初歩的な部分を見落としたんだ」「そのくらい準備をしておくのは当然だろ!」と怒りがマックスに達します。

はらわたが煮えくりかえるとは、このことです。ですが、この怒りは患者にとってまったく良い結果を生みません。どんなに怒り狂っても、事態は好転しないからです。

ミスやトラブルが起こったときに必要なのは、最善の策を選択し、実行する冷静な頭脳。言い換えるなら、副交感神経が高まり、血流が良くなっている状琴」そが必要なのです。

その状態をつくつてくれるのが「Don’t believe anybody」という思想です。誰が、どんなミスをしたところで、結局は「それを信用した自分」が悪いのでいさぎよす。その潔い覚悟があれば、準備やチェックを万全にしますし、何かが起こったときにも冷静さを保つことができます。私は今でもこの言葉をとても大事にしています。

脳がクールであれば悩みは半減する

「誰も信じない」とは、とてもクールなようですが、決して人間関係を冷ややかにするものではありません。あくまでも自分の頭脳をクールに保ち、自律神経を安定させるためにある言葉(思想)です。

人の上に立ち、さまざまなトラブルに見舞われる機会の多い人にこそ「Don’t believe anybody」という思想を持ってほしいと思います。

「オレはオマエのことを信用していない」とわざわざ言う必要はありませんが、心のなかでは「Don’t believe anybody」を意識し、何かあったときには冷静に対処する。そのくらいの心の準備(あるいは覚悟)が必要です。

情緒的には「人を信じる」のも素晴らしいですが、医学的には「Don’t believe anybody」がおすすめです。そのくらい頭脳がクールであれば、人間関係の問題で悩む機会は減るはずです。「ゆっくり生きる」という目的に対し、「誰も信じない」という思想を持つのは、いささか違和感があるかもしれません。しかし、私は「Don’t believe anybody」という思いがあるからこそ、冷静ざを保ち、「常にゆっくり」を意識できているのです。