感謝のフィルターを通して見る

くやしさをバネにするばかりが生き方ではない

人間は、大人になるまでに何万人、何十万人の人間の力を借りているのです。多くの人の力を借りて生きているのです。

たとえばお腹がすいてレストランに入ったとします。 オーダーを聞いてくれる人、料理を運ぶ人、料理を作る人、下ごしらえした人、お皿や食器を作った人、お店を作った人、掃除した人、食材を店に届けた人、野菜やお米などを作った人、それを流通させた人、牛や豚を育てた人、その肉をさばいた人、メニューを印刷した人、これらは、ほんの一部にすぎません。

たった1回の食事でお腹を満たすためだけでも、実際にはこの何十倍、何百倍の人の手を借り、お世話になっているのです。ふだん意識していないだけに、いったんこれに気づいたときには、ものごとの膨大な連鎖に圧倒されてしまいました。

そして、これをあたりまえのこととして受け取り、毎日を過ごせることに、心から感謝しました。日の仕事が終わり、温かいごはんを食べ、家庭でくつろぐ、 毎日の平凡なくり返しを当然のこととして受け止めていますが、ありがたいことだとは思いませんか?

カウンセリングを受けにくる人は、総じてこの感謝の気持ちが少ないように思います。不平、不満をたくさん抱えて、それに押しっぶされそうになっているのです。

先日会った20歳代の女性の場合もそうでした。女性の目から見てもチャーミングな方で、一流校を出て一流企業に就職。もちろん、食べるのには困っていませんし、はたから見たら幸せそのものに見えました。

ところが、とても「文句」が多いのです。あれが悪い、これがイヤだ、何をやっても満たされない、運命の神様にいじわるされている気がする 。

結局、不満だらけだった会社をやめて、今度こそは自分を生かせる仕事をと探したのですが、なかなか満足のいく仕事が見っからず、ますます落ち込んで無気力状態にありました。それが、何回目かのカウンセリングのときに、まるで別人のように様子が違って見えたのです。

頼が上気して目が輝き、生き生きとしているではありませんか!聞くと、来る途中の電車の中で盲導犬を見かけたのだとか。その犬のご主人は、目が見えリンないということを微塵も感じさせないほど堂々として姿勢もよく、凛と胸を張ってさっそうと電車を降りていったのだそうです。

「なんだか、すごく胸をうたれちゃって」 。たったそれだけの出来事なのですが、その姿に感動し、自分があたりまえのことと考えていた「目が見える」ということの「幸せ」に気づいて、立ち直るきっかけをつかんだことは間違いなさそうでした。

もしも、あなたが不平や不満の気持ちが多い方なら、身の回りのなんでもないものごとに目を向けて感謝する「 気持ちを少しでも持つようにしてみてください。ストレス度は、ぐっと軽くなるに違いありません。お説教っぼく聞こえるかもしれませんが、感謝することは心の安定につながります。また、感謝することで大脳からよいホルモンが分泌され、心身にプラスのインパクトを与えるのです。

ある著名な先生がおっしゃいました。「そんなに感謝ばかりしていたんじゃ、現状に満足しきってしまって人間が成長しないよ。否定的なもの、くやしい気持ちがバネとなって、人間を成長させるんじゃないか」と。たしかに、そういう側面もあるでしょう。ハングリー精神がステップアップの原動力になることは、これまでの立身出世伝やスポーツ界でのスター誕生の物語などで、たくさん見聞きしています。

でも、あえて「わたしはそうは思わない」と言いたいのです。マイナスをうまくプラスに変えていくことのできるエネルギーの強さには、かなり個人差があります。そのエネルギーが弱かったり、思いもかけない方向にねじ曲がって自分の力では制御できなくなったとき、人は思い悩み、落.ち込み、どこにも逃げ場がなくなって、カウンセラーの門をたたくのです。

みんながみんな、劇的にステップアップする必要はありません。もっと、ゆっくりやさしく変化し、成長したっていいじゃありませんか。「感謝する」ことは、そんなゆるやかなプラスの蓄積をしていくことにつながるのだと思います。

「今日もー日、無事に過ごせてありがとう」と感謝することは、人生の必須栄養素、欠かせないビタミンのようなもの。その積み重ねが、たとえ平凡でも、健康で充実した、その人なりの人生をつくっていくのだと思います。