愉しみは心の実験でわかった

人のために想ったことは、自分に返ってくる

「お祈り」と聞くと、すぐに宗教的なものを思い浮かべる人が多いのですが、神様や仏様に幸せを請い願う「お祈り」だけでなく、心から何かを望んだり、希望したりすることも「お祈り」の一種です。

よく手紙の最後に「あなたのご健康をお祈りいたします」と書くことがありますね。気づいているいないにかかわらず、わたしたちは常日頃、たくさんのお祈りをしているように思います。

自分のために、家族のために、知人のために。その人のことを思い、心に浮かべる時間を持つことが、広い意味で「祈り」「愛する」ことなのだと思います。

わたしも毎日、実行しています。大切な家族たちを含め、大事な友人たち、そして気がかりなカウンセリングを受けにいらしている方のことなど、具体的に何人かの顔を思い浮かべて、その人のためにプラス方向で祈るのです。健康に今日一日を過ごせますように、仕事がうまくいきますように、赤ちゃんが無事に産まれますようにつらい心の状態からいっときもはやく立ち直れますように… 。

すると、不思議に事態がよい方向に好転するような気がします。

こんな実験をしてみたことがあります。小さなガラス瓶をふたつ用意し、煮沸消毒してからそれぞれにお米を少し入れ、水をヒタヒタに注いでふたをしめます。そして片方をプラス、もう片方をマイナスと決めて印をつけ、同じ条件のところに置いておきます。

プラスのお米には「あなた、おいしそうネ。大好きよ」、マイナスのお米には「まずそうネ、大嫌い! 」と、1日に2~3回ずつ瓶を手に持って声をかけ、強く心に念じます。

すると、驚いたことにプラスのお米はいつまでも白いままなのに、マイナスのお米はだんだん黒くなってしまったのです。化学的に分析したわけではありませんが、何度か同じ実験をしたところ、すべて同じように変化しました。

おもしろいとは思いませんか?もう発芽する可能性のないお米ですら、こんなに影響を受けるのです。まして、命も心もあるわたしたち人間が、影響されないわけがありません。また、吉本ばななさんのエッセイにも興味深い内容のものがありました。

彼女は植物を育てるのが苦手なタイプで、鉢植えなどもよく枯らしてしまうそうです。ところがある日、「また枯れさせちゃった」と後悔の念におそわれていた鉢植えに、小さな緑が芽吹いているのを発見したのです。

「よく生きててくれたね」と猛烈に感動し、嬉しくなって、その日から一生懸命、ミネラルウォーター(国産の軟水)をやり、心をこめて世話をしたところ、青々と葉を繁らせて、みごとに生き返ったのだそうです 。

すると、ますます愛おしくなって、毎日心をかけてやる。でも、しばらくたってもどうしても花が咲かないのだそうです。なんだかむしょうに悔しくなって、「咲かないのなら切っちゃうよ」と口走ったところ、数日後、待ち望んでいたつぼみがついたのだそうです。

植物にも想いは通じるんだ、けなげに応えてくれたんだなぁ、と感動した。 たしか、そんな内容でした。「植物に毎日、小さなお話をひとつずつしてあげると、元気に育つ」と言われます。命のあるものには、かけた想いや心は必ず通じるものなのでしょう。

さて、だいぶ寄り道をしましたが、誰かのためにお祈りするという習慣、時間を持つこと自体が、あなたの人生の宝物になると思います。

たとえば、1人暮らしの友だちがいたら、特に用事はなくても「このごろ、どうしている?」と声をかけたりするのも、広い意味で、ここで言うお祈りの一種になります。

職場で落ち込んでいる人がいたら、さりげなく「元気出せよ! 」「ドンマイ! 」と肩をたたくだけでもよいのです。

自分に心をかけてくれる人がいることに気づくだけで、その人は幸せな気持ちになってエネルギーが湧いてきます。そして、もしかすると沈みがちだった心がプラス方向に動き出すかもしれません。

でも、これだけはけっして忘れないで! 「こんなに○○ してあげたのに…」などと思ったり、見返りを求めたりしてはいけません。あなたが勝手にお祈りし、勝手に心をかけているのですから。

ただし、そんな気持ちで毎日を過ごしていると、結果的にあなたのまわりの人間関係がスムーズに行くことが多いというのも、また事実だということを最後につけ加えておきましょう。